人とは違うということが良いことなのではないか

 
はじめまして。えんどうだいすけと申します。

大昌と書いて、だいすけと読むんです。祖母がつけたらしいですが。最初から読んでもらえたことはありません。
 

ひねくれているくらいがいい

 
今の自分は、これまでの自分の積み重ねが影響しています。もちろん過去にとらわれてはいけませんが、これが、もっと読みやすい名前だったら、今の自分とはまたちょっと違う道に進んでいたかも、という気もします。小学校からずっと、先生や友達が変わるたび、新たに出席をとられるたびに、「ひろまさくんかな?」「たいしょう?」「いや、だいすけです。。。」いちいち訂正しなければいけないのが、面倒でもありましたが、このひと手間が、人とは違うということが良いことなのではないか(もっといえば、ひねくれているくらいがいいのではないか)という価値観を育ててきた面があると思います。さらに、左利きであったことも影響したかもしれません。
 

やっぱりひねくれ者なので

 
今は、千葉県の某病院で勤務医(外科医)をやっています。でも、医療とあまり関係のない、こんなところ(メンタリング・アソシエイツのことです)に参加しているのは、そんな自分の名前も影響している気もします。

医者になって2年目の途中に、それまでの大学病院から一般病院へ移って(医局人事というやつですね)すぐの頃に、『7つの習慣』という本を読んで感銘を受けたのが(年齢がばれますね)、その後、ビジネス書や自己啓発書を好んで読むようになるきっかけでした。いろいろな本を読んだり、たまにセミナーみたいのに出たりしているうちに、偶然か必然か、ルー・タイスが来日したときに話を聞きにいったのが、今日に至る直接のきっかけでした。その日にファシリテーター養成講座に申し込み、そこで、川口さんに仕込まれて?成長したわけです(やっぱりひねくれ者なので、なんとか博士はもともとあんまり好きじゃなかったんですけどね)。
 

健全な猜疑心

 
今はだいぶ、一見してわかるようなひねくれ者ではなくなったつもりなのですが、やっぱり、中心に入って「がんばるぞー!」みたいなのは、苦手なのです。「本当かなー?」と、いつも健全な猜疑心を持ちながら、似たような人を見つけたらすり寄っていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。